EDIT THE WORLD

カメラを持って東京と日本各地と世界を行くエディターのフォトログ

タンジェの薔薇〜ピースボート乗船記

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「迷路のような」メディナの一角

2019年4月20日から8月1日まで、横浜港を出港し世界一周して戻ってくる「第101回ピースボート」に乗船しています。その日々の記録を残していきます。

***

2019年5月28日(火)、日の出05:06、日の入19:31 35°47′N 005°48′E 21℃ モロッコ・タンジェ

昨夜は時計を2時間戻した。

タンジェと聞いてまったくピンときていなかった。船がジブラルタル海峡に入り港に近づくにつれ、ああ、タンジールのことだったかと思う。このアフリカ大陸への入口とされた街は、私の記憶の中では「タンジール」であった。

ジブラルタル海峡はヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を繋ぐ海上交通の要衝であり、最小幅14km、最大幅45km、水深は浅いところで345m、深いところで942m。地中海と大西洋を繋いでいる。ヨーロッパ側、スペインの突端に当たる「ヨーロッパポイント」と呼ばれる場所は実は英国領で、ほぼ同じ場所に英国のジブラルタル港とスペインのジブラルタル港がある。海峡の地中海側の両岸の岩山は「ヘラクレスの柱」と呼ばれる。

船の右舷側にヨーロッパ大陸、左舷側にアフリカ大陸を見ながらタンジェに到着した。

モロッコへは以前、カサブランカとマラケシュに旅したことがある。マラケシュのフナ広場の喧噪、スークの混沌。1日5回、鳴り響くアザーン。ひれ伏す人々。そういったイメージを抱いていたが、果たしてタンジェはそういった要素をぎゅっとコンパクトにまとめ、かつ開かれたインターナショナル・シティであった。

09:30に着岸。船からのシャトルバスは往復7ドル。グラン・ソッコと呼ばれる街の中心地に下ろされる。この街もさまざまな国に支配されてきた歴史をもつ。外から見るとメディナ(旧市街)の周囲は堅牢な要塞となっているのがわかる。歴史的遺物として、今は使われない大砲もあちこちに残されている。

グラン・ソッコから旧市街へ入る。小さくて暗い両替所でにこやかな老人に10ドル分だけモロッコディルハムを両替してもらい、プチ・ソッコと呼ばれる小さな広場、そしてグラン・モスクを眺める。この時間帯はまだ何も開いていないので、街はシンとしている。そういえば、今はラマダン月でもある。

私は写真を撮影するのを楽しみに街をめぐっているが、この午前中のきつい日差しが斜めに差し込んでくる時間帯はとても撮影しにくい。あらゆるものが濃い影になってしまうのだ。美しいグラン・モスクも濃い影の中だった。しばらくぶらぶらとメディナの中を歩き回ってみるが、お世辞にも美しい街並みとはいえない。観光客向けに開いているカフェにも入ってみる気がせず、もはや船に戻ろうかという気すらしてきたが、メディナの外に沿ってカスバという地区まで登っていくことにする。

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カスバの上り坂

結果、これが大正解だった。坂の途中で土産物屋は途切れ、一般の人が買い物をする小さな商店、そして手芸店。学校が終わったとおぼしき小学生くらいの年齢の女子たちがキャッキャと騒いでいる。小さなホテルがある。もうすぐ開店しようとしているレストランがある。この道を登り切ったらカスバ・ミュージアムに行ってみるつもりだったが、ふと目の端に入った看板があった。

「LAS CHICAS CONSEPT STORE」。なにやらいい予感がする。OUVERTと書いてあるのを見て、そういえばモロッコはフランス語を使う地域でもあったと思い出す。ドアを開けると、Bonjour! といわれた。

このLAS CHICASはいわゆるセレクトショップであった。ギャラリーも併設している。地域やモロッコのクリエイターの作品やデザイナーの商品を集めて売っているようだ。色鮮やかでファッショナブルなブルカも多く置いてある。おしゃれなイスラム女性が着るのだろうと想像がふくらむ。雑貨中心の1階を眺めたあと洋服中心の2階に上ってみる。

ここでいくつかの服を見つけて試着して吟味した結果、モロッコデザイナーの刺しゅうのTシャツと、大判のストールを買うことに。まさかタンジェで服飾品を買うとは思わなかった。合計約1万2000円程度だった。

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LAS CHICAS

接客してくれた女性のすすめで、カスバにあるレストラン「El Morocco Club」で昼食を取ることにするが、行ってみるとまだ開いていないという。そこで、カスバの住宅街を歩き回ってみた。

イスラムのメディナを表現するときに「迷路のような」というのは使い古された表現だが、そうとしか言いようのない路地の街並みが広がっていた。白を基本として青、黄、紫。さまざまな、しかし柔らかな色に塗られた壁や家々が続く。夢中になってシャッターを切った。

「El Morocco Club」に行く前に、隣にあるギャラリーに立ち寄り、さらに「Salima Adbel Wahab」というセレクトショップをのぞいてみる。こちらはLAS CHICASとは少し違い、クラフト感あふれる、洋服を中心としたセレクトショップだった。真っ赤な「キモノをイメージした」という薄手の羽織り物に一目惚れしてこれも購入してしまった。約1万7000円。

El Morocco Clubではお目当てのクスクスが食べられず(金曜の夜にしか作らないという)、ミートボールのタジンをいただいた。イスラムの国なのでアルコールはない。こういう場合はコーラだ。外国人観光客向けか、スパイスは控えめながらしっかり私好みのエキゾチックな味がした。

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タジン

ところでタンジェは猫の多い街だった。地域猫としてちゃんと飼われているのか、皆、のんびりした様子だ。ただ、公園で30匹ほどの仔猫混じりの猫の集団を見かけて、彼らの何割が生き抜いていけるのだろうかという不安はよぎった。地域猫に不妊手術を施すということはなさそうな気がするから。

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タンジェの猫

外壁に沿って歩く。客引きの声も活発化してきたが、カサブランカやマラケシュで体験したほどではない。立ち止まってGoogle Mapを眺めていてもしつこく声をかけられたりしないので心地よい。

財布代わりのポーチには5ディルハム残っている。ふと思いついて、午前中に歩いたスーク(市場)の薔薇売りの店に寄ってみることにした。モロッコは薔薇の産地なのだ。おじさんに硬貨を見せて、この金額で買えるものはと尋ねてみると「薔薇1本だね」という。

では赤い薔薇を、というと、白い薔薇を引き抜いて「これは私からの気持ち」といって一緒に包んでくれた。結局、手渡された薔薇は3本あった。こういうことがあると、素直にうれしい。

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スークの薔薇店

夕焼けの中、船は出航してゆく。どんな街も夕暮れがいちばん美しいと思う。タンジェの街もきっと今頃、美しく暮れていっているだろう。船旅では基本的に、その街への滞在が日中1日だけであることが多いので、夕暮れが味わえないのが残念だ。

今頃、人々は食べる準備をしているだろうか。そういう人たちに混じって夕食をいただいてみたかった。ラマダンでは、日が沈んだ後に盛大に食べることが良いとされていると聞いた。

船は3度、汽笛を鳴らして大西洋へと向かう。

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タンジェの夕暮れ