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EDIT THE WORLD

カメラを持って東京と日本各地と世界を行くエディターのフォトログ

熊本への帰省 #01 信じることが力なのだろう。

熊本

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「いつもん道ば通ってみるね?」と母に聞かれた。 阿蘇くまもと空港から実家へ車で行くには、広告も、標識も、信号すらない整備された緑生い茂る美しい道を通るのがスタンダードだ。

 

しかし母は、昔から自分が通い慣れた、町の中を通る古い道を通るほうを好み、私を空港まで迎えにきたときにはいつもそこを選んだ。益城町を通る道を。

 

ここを左に曲がると、アキヨシ叔父ちゃんの実家。覚えとるよね。あそこは全壊したけん、もう誰も住めんとよ。母がそう説明しながら慎重に車を進める。

 

こっから先は覚悟しとかなんよ。

 

…見慣れた通り道は、時空が歪んだようだった。傾いた電柱。斜めになったままかろうじて建物の形を保っているビル。上下の軸が違う二階建て。そして瓦礫と化して自然に帰りつつある木造の一軒家。営業しているかに見える店にも近づいてみると、ガラスの割れた戸が開け放たれたまま、人気はない。

 

私はいったい、なにを見ているのだろう、と思った。無力だ、あまりにも圧倒的な現実の前に私は無力なのだ、という感情しか沸いてこなかった。急に涙があふれて、止まらない。外を眺めているふりをして、ハンドルを握る母に気づかれないようにした。

 

夕方。それでも日常生活を送っていくこの街のひとびとの営みの結果の渋滞につかまる。傾いた建物の角から急にサッカーボールが現れた。 そして、ユニフォームを着た少年たち。学校帰りなのだろう。あまりにも非現実な街で、彼らは急にリアルな事実だった。子どもたちは、これを現実として受け入れ、それでもたくましく育ってゆくのだろう。

 

空港から阿蘇方面に見えた大きな入道雲を思い出した。それでも夏はやってきて、やがて秋になり冬になり、季節はめぐってゆく。そうやって生きてゆくのだ。

 

そう信じることが、力なんだろう。この街にも、そして私にも。

 

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