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EDIT THE WORLD

カメラを持って東京と日本各地と世界を行くエディターのフォトログ

俳句ムービー〜自分との再会。

俳句 日記

2010年頃はiPhoneでムービーを撮り、iPhoneの中だけで編集し、iPhoneでYouTubeに送出する、ということに夢中になっていた。

iPhoneだけですべてを完結させたほうがいい。そういって私をムービーの道に導いてくれたのは、ライターのはぴいさんだ。

動画をやりたい。さて何を撮ろう。

そう考えたときに、私の中にあるアーカイブは俳句しかなかった。先日公開した超短編小説を書くときも、俳句が下敷きになった。

blog.mikiikeda.tokyo

 

俳句は作品だけではなかなか理解してもらえない。俳句を20年ほど続けてずっとそう思っていた。けれど自作を解説するのは野暮だ、と思っていたこともブログに書いた。


その禁を破ってでも書いてみよう、と思ったのは小説を書いたときが初めてだった、と書いたのだけれど、ムービーをつくる際もそう思ったのだろうか。今となっては思い出せない。

いくつか俳句をピックアップして、ムービーにしようと思ったときに、ふと、自分がえぐり出されていくような感覚があった。つくる過程で、思ってもみない表現がどんどん飛び出してきたからだ。

 

ああ、私は俳句を解説しようとしているのではない。自分をしっかり見つめようとしているのだ、と感じた。途中で怖くなった。けれど、進んでみることにした。

作家の故・森瑤子さんに、「作品を書くことは自分のあばらの中に手を突っ込んで内蔵をえぐり出すような痛みのある行為だ」というような言葉があったと記憶している。

森瑤子さんには遠く及ばないけれど、確かに、自分の中からえぐり出すような痛みは、俳句ムービーをつくるたびに深まっていった。そして、「流星」という5つめの作品を最後に、私のムービーづくりは手が止まった。

自分の作品を見返すこともなく5年。昨夜、5年ぶりに再会した女性に「美樹さんは私の恩人です」といわれた。なぜ?

美樹さんの俳句ムービーの流星の作品を見て、涙をたくさん流して、6年間会わなかった父に会いに行こう、と決心しました。そして和解したんです。本当にひとつひとつのシーンを覚えています。あの作品に出合わなければ、私は父と和解することはなかったかもしれない。

彼女はそう言った。

なんということだ。私が自分自身を納得させるためにつくった作品が、誰かに影響を与えているとは。ちょっと驚いて、素直にうれしく、そしてお父上と和解したという話に安堵した。

彼女はキラキラと美しかった。

私の俳句ムービーづくりはなんのシナリオも書かず、感覚で思ったまま編集していくデタラメなもので、技術もないし、音を後編集もしなくてそのままだし、三脚を使うという知恵もなかったのでブレブレなんだけど、誰かに何かを残せたのなら本当にうれしいことだ。

久しぶりにYouTubeを立ち上げ、ムービーを見返し、5年前の自分とも再会してみる。

 

「流星」は秋の季語。俳句ムービー#05でテーマにした俳句は、


流星の父にもありし秘密かな

である。

自分との再会のきっかけを与えてくれたのは、彼女だ。

人生って、こうやって繰り返し繰り返し、ちょっと後戻りもしながら、進んでいくものなのかもしれない。