EDIT THE WORLD

カメラを持って東京と日本各地と世界を行くエディターのフォトログ

初めての活版印刷にチャレンジ。

『大人の科学マガジン』というムックがあるのを寡聞にして知らなかったのですが、「小さな活版印刷機」という付録がついた号を、活版印刷機ほしさに予約購入してしまいました!

活版印刷のあの風合いがなんとも大好きなので、自分でやってみたかったんです。

プラモデルのような部品がたくさん入った袋を見て「私にはつくるのは無理かも…」と思いかけていたのですが、お正月に少し時間の余裕があったので組み立てにチャレンジ。

なんとか出来上がりました。

 

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実は今年は年賀状のお返事を書こうと思い、年賀状を買っていたのです。お返事、というところがなんとも申し訳ないのですが(苦笑)。

で、気がついたのですが、付録の活字にはひらがな、アルファベット、数字がそれぞれ一文字ずつしかないのです。そこで、苦肉の策として写真のような活字の組み方をしてみました。

 

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付録には黒のインクしかついていなかったのですが、以前スタンプ用に手に入れていたピンクのインクを「2018」の部分に使って、こんなハガキが出来上がりました。

初めての活版印刷にしては、上々かな、と満足しています。

 

明日のためにワン、ツー! キックボクシング始めました。

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突然ですが、キックボクシングを始めました。

理由は、格闘技をやりたかったから。

スポーツジムに何度入っても続かず、何か身体を動かすような趣味があるわけでもない私は、つねに運動不足を自覚していました。

でも、何もやりたくない…

ところで、昨年末に、大学院の通称「大部屋」で、有志による持ち寄りの忘年会がおこなわれたとき、かつてレスリングの学生チャンピオンだった同級生(男子)とレスリングの真似事をしたのです

タックルして、組み伏せて…さすがに女性3人がかりでも、まだ大学を卒業して大学院生になったばかりの男子を倒すことはできなかったのですが、その取っ組み合いがとても楽しくて仕方がなかった。なんだかスカッとしたんですよね。

それで、ひらめいたのです。「私は、格闘技なら身体を動かす気になれるかもしれない!」

ふと、以前聞いたことのあるボクシングジムを思い出し、体験レッスンを申し込んでみました。1月1日のお昼12時に。ね、ホンキ度が高いでしょ?

レッスンでは、ジャブ、ストレート、ワン・ツー、右キック、左キックを教わって最後はサーキットでやったのですが、これが実に楽しかった!  そしてこのうえなく爽快だった!

というわけで、そのまま入会してしまいました(笑)。パーソナルレッスンで、月に2回くらい行こうかなーと今は考えています。

入会目的を聞かれるのですが、ダイエット目的でもボディメイク目的でもない。つまり私はアマゾネスになりたいのです、きっと。
そのうち、試合に出たりして(いずれは愛で世界を救うかもしれません)。

自分の心身と繋がる〜陰ヨガを始めました。

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大学院の怒濤のような前期授業が終わり、ようやく部屋の掃除をしたり洗濯をしたり食事をしたりする時間ができた今日この頃(そう、掃除洗濯はおろか、まともな食事すらできない勉強漬けの日々だったのです)。

時間ができたら絶対に実行しようと決めていたのが陰ヨガ。

陰ヨガって何? というかたも多いでしょう。英語版Wikipediaから簡単に引用すると、通常よりスロースタイルのヨガのことで、より瞑想的で、自身の内面と深く繋がるものであるといいます。

同じポーズを45秒〜5分以上続けるのですから、そのスローさがおわかりになっていただけることでしょう。ただし、ポーズはそうキツくないものが多いです。

そもそもはベリーダンスの体験レッスンに行ったのですが、その時におこなった陰ヨガに「これだ!」と感じて、ダンスではなくこちらを深めていくことに決めました。

実は私、以前、ヨガに挫折したことがあるのです。

会社の近くで通っていたヨガ教室が、割とスパルタな感じで、いつも痛くてつらかった…それから、興味はとってもあるのに、遠ざかっていました。

ふたたびのヨガとの出合いです。

教えてくださるのは、ベリーダンサーでありヨギーニでもあるヤリエル インさん。女性らしい曲線でできた美しい身体をしなやかに動かしながら、ふわりとやさしい声で深く、深く導いてくれます。

世はマインドフルネス流行り。もちろん、私も心身の平安を求めてその考え方を学び、取り入れようと思っています。でも、マインドフルネスの主なテクニックであるメディテーション(瞑想)は、私にはなかなか習慣にならなかったのですよね。

陰ヨガをやっている間は違いました。ポーズがぐっとゆるやかに関節をゆるめ、ゆっくりと身体が解き放たれている感覚をもつとき、私の思考は完全に「いま、ここ」にあったのです。なんという平穏。

自分の身体を隅々まで感じるなんて、ふだんの生活ではまずないこと。私のマインドフルネスはこういう形で訪れるということなんでしょうね。

 

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スタジオには世界中の女神の像が置かれていました。なんとなく、ああ、自分のルーツはここにあるんだなあ…と、ほっと安心するような、同時に血が沸き立つような不思議な感覚を覚えました。

ヤリエル インさんの公式サイトはこちら。

www.yalielyin.com

 

polcaでフレンドファンディングを募集中〜久しぶりに踊ってみましょうか。

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クラウドファンディング事業などをおこなうCAMPFIREから、フレンドファンディングアプリ「polca(ポルカ)」が8月10日にリリースされたというニュースを見て、さっそくアプリをダウンロードしました。

thebridge.jp

これまで、クラウドファンディングでは何度かお金を投資してきています。

たとえば、熊本震災で被災してしまったカフェの再建資金。また、おもしろい新商品のアイディアなどがあれば、積極的に(ほんの少額ですが)お金を出して、世界の新しいアイディアを応援し、楽しんできたものです。

でも、自分がクラウドファンディングの主体になるという考えをもったことはありませんでした。あくまでも私には「応援するため」のプラットフォームという意識だったのです。

新しく登場した「polca」は、審査もなければ、基本使用料も無料、個人が集めることができる資金は300円から10万円までと、まさにマイクロファンディング。しかも、広く資金を募るわけではなく、あくまでもそのリンクを知っている「フレンド」のみが応援することができて、そのフレンドの範囲はSNSには準拠しません。

潔い!

潔く、きっぱりしたものが好きな私はこの簡素さと哲学に共感し、使ってみたい! と思ったのですが、さて、自分が応援したい企画をどうやって探せばいいのか…そう、探す方法はないのでした。

ならば、自分でつくればいい! とひらめき、生まれて初めてのクラウドファンディングをおこなうことにしてみようと思い立ちました。

ちょうど、来る9月8日に、KH Coderという計量テキスト分析(テキストマイニング)の勉強のために京都に出向くことにしていました。これからの研究にテキストマイニングを取り入れたいと思ったからです。

作成は、あっけないほど簡単。タイトルと写真を入れるだけ。でも私は写真を入れ忘れて、なんとタイトルだけで募集を開始してしまいました。以下がその画面。

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支援は一口1000円。おかえしは、体験レポートと御礼のハガキにしてみました。12時間が経過した現在、6名のかたに支援していただいています(ありがとうございます!)。

今回はこのような使い方をしてみたけれど、たとえば「〇〇ちゃんの誕生日プレゼントのためにひとり500円ずつ集めるね!」など、ごく気軽な友達同士の集金というシチュエーションを想定しているようです。

ところでポルカと聞けば、思い出すのはその音楽。小学生か中学生の時に、運動会の入場曲だったりダンス曲だったという人も多いはずです。

ポルカ【polka】

ボヘミアの民族舞曲で,速い2拍子をとり,図のような特徴あるリズムをもつ。1800年ころにすでにこのリズムをとる舞曲が農民たちの音楽の中にみられるが,37年にポルカとしてプラハに紹介されるやいなや,急速にヨーロッパ中のサロンにひろまり,19世紀末まで盛んに作曲され,踊られた。ポルカの熱狂的な流行にともない,2拍子に3拍子を重ね合わせたリズムの変種も現れている。なお,ポルカの語源に定説はない。

皆でリズムに合わせて熱狂的に踊る。この音楽を思い浮かべてネーミングしたのだとしたら、実にセンスがいいなと思ったわけです。

久しぶりに、ポルカで踊ってみましょうか。

私の集めているフレンドファンディングは以下です。いっちょう、応援してやるか、と思ったかたはぜひひとくち、乗っていただければと思います。

polca.jp

 

8/13 21:43追記
支払いがmasterかVISAのカードでしかできないようですね。

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■音声ニュースアプリVoicyにて如月サラ名で「酒と女と幸せと」放送中! 火・木・土21時〜。アーカイブでいつでもお聴きになれます。

voicy.jp

幸せになるために〜私が会社を辞めた理由。

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7月末日付けで、22年間務めた会社を辞しました。

実はこの春から大学院に通っています。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)です。

最初の春学期、これでもかというほどの勉強量、ワークの量の洗礼を受け、「アスリート養成校」といわれる所以ががわかりました。

膨大な勉強量について行くために、まず、おつきあいをやめました。一切の食事会やパーティーなどの誘いに出かけなかったのです。

次に、大きな趣味のひとつであるワインを含め、一切の飲酒もやめました。お酒にまつわる文化も、味も、酔っていく過程も素晴らしいものだけれど、睡眠時間を削って削って勉強することが必要な環境では、酔っている時間は、残念ながらありませんでした。

極端だなあ、と思われるでしょうか。でも、人生に2年くらい、すべてを脇に置いて一心不乱に勉強してもいいかな、と思ったのです。

あ、そうそう、このブログの更新も止めていました。

それくらい、じゅうぶん大人になって、社会を経験してからの大学院は私にとって心踊る刺激的な場所でした。

慶應SDMとはどんな大学院か。何を勉強しているのか。そう聞かれても、うまく説明することはなかなか難しい。大学院のパンフレットの文言を借りると「システムエンジニアリングとデザイン思考の融合」とあります。

つまり、文理完全融合の学問分野です。世界でもまだこういった分野の学校は少ないらしく、MITのシステムデザイン・マネジメント研究科に倣っていると聞いています。

スタンフォードのd.school、東大のi.schoolなどが近いようだけれど、我がSDMはかなり理系要素が強いと感じます。

フランス文学を学び、女性ファッション/ライフスタイル誌の編集をしていた私には、この理系の勉強が最初はかなりつらかった。でも、だんだん慣れてくると、おもしろくなってきました。

今では、なぜ若い頃に理系の道を選ばなかったのだろう、とすら思っています。いや本気で。

本題に戻りましょう。

会社を辞めた話です。

私は慶應SDMでヒューマンラボに所属しています。人間および社会にかかわる研究をおこなう研究室です。

大学院に通いながら、私の関心領域である「well-being」(幸福)の研究を進めるにつれ、「結局、自分が幸福でないと誰も幸せにできない」というところにぐるっと戻ってきたのでした。

私の夢は「世の中のすべての女性を幸せにしたい!」というものです。雑誌業界に入ったときも同じように思って、ずっと心から楽しんで仕事に打ち込んできました。けれどある日、「果たして自分は今、幸せか?」と己に問うたところ、会社でだいぶ無理をしていることに気がついてしまったのです。

もう、ここでの私の役割は終えたのだろう、という気持ちが日に日に強くなり、自分の幸せのために退職を決意するに至ったというわけです。

自分の幸せのために。

一番大切なことを忘れていたのでした。

行き先を決めずに辞めることで、今後の生活に不安はないか? 仕事は、収入はどうする? などなどと、 自分の中の幾人もの小さな自分が問いかけてきますが「ま、なんとかなるでしょ」が勝り、今に至ります。

私の師事する、ヒューマンラボ主宰の前野隆司教授らの研究によると、幸せという状態を分析したところ次の4つの因子が見つかりました。

1.やってみよう!因子(自己実現と成長の因子)
2.ありがとう! 因子(つながりと感謝の因子)
3.なんとかなる! 因子(前向きと楽観の因子)
4.あなたらしく!因子(独立とマイペースの因子)


今の私は、「今までありがとう! でもこの業界を離れて好きなことをやってみよう! 何も決めてないけど、きっとなんとかなる! 私らしくいこう!」という状態で、つまり幸せなんですよね。

人生、なんとかならなかったことはないしな。

故郷の熊本で大学を卒業し、3年間もOLをやった後、東京に出てきたときに、吉祥寺の古い6畳のアパートでホームタウンシックに涙を流しながら「どうして私は親しい者も慣れた環境も何もかも投げ捨ててここにいるのだろう」と思っていたものでした。

希望していた出版社の職はなかなか見つからず、アルバイトを転々とする貧乏生活を送っていたときから、思えば遠くへ来たものだなあ…。

さて、毎日会社に行かなくなってどうするか。まずは研究に専念しつつ、お声がけいただいたらお仕事もさせていただき、会社員の間は制限のあった表現活動を好きなだけやり、まずは「自分を幸せにするため」に時間をたっぷり使おうと思っています。

故郷を遠く離れて、今からまた私もがまだすばい(がんばるよ=熊本弁)!

そういうわけで、少しつきあいは悪くなっちゃうけれど、いずれ私はまたパワーアップして戻ってきますので、友人のみなさま、許してね。

そして私を知っているすべてのみなさま、今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします!


■とはいえ形は必要なのでEDIT THE WORLD & CO.を立ち上げました。お仕事の依頼はこちらまで。編集者としての経験と大学院での研究をもとに、思いやビジネスを企画やイベント、新規事業などの「形にする」お手伝いをいたします。

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 ■芸能・文化活動を本名と切り分けて「如月サラ」という名でおこなっていくことになりました。50歳の女性(私)が本音を語るブログが好評です。週1回、週末に更新。

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 ■音声ニュースアプリVoicy様にパーソナリティとして採用いただき、番組を始めました。「酒と女と幸せと」というタイトルですが「女性」がテーマです(笑)。火・木・土の21時〜放送。アーカイブでいつでもお聴きになれます。最後に「今夜の1杯」というコーナーがありますので、PRしたいお酒のある生産者さん、インポーターさんからのご連絡、お待ちしております♡

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自ら越えてゆけ〜新成人だった私へ。

20数年前、自分に見えているほんの周囲数メートルが世界だと信じ込んで少し絶望していた私に、今、時をさかのぼったらなにが言えるだろうか、と思って書いてみます。

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いま、希望に燃えているでしょうか、こんなものだと半ば諦めているでしょうか。

私たちの社会はすべてが自由だといいながら、いっぽうでは社会的流動性が低いということが指摘されていますね※。

社会的流動性とは、ひとつの社会のなかで、職業や階級、場所の移動が可能かどうかということ。生まれ育った環境にかかわらず、望む職業に就き、望む場所に住めるか、ということです。

基本的に、日本の社会においてはこれは自由にできるとされています。しかし、実際はそうではないということは、理屈じゃなくても、肌感覚でわかっていると思う。

だって、あなたは、このまま親と親戚と地域社会の「女はこのままこの土地に住んで一生をつつがなく暮らしていくものだ」という無言の大きな圧力を、身体全部で受け止めて、とてもきゅうくつに思っているよね。

先日は、「高卒と大卒の学歴分断線」という記事も話題になりました。そこには自分だけの考えや努力では越えられない分断があるという分析で、大きな反響をよんだのです。

でも、あなたはまず、両親が大学を出ていなかったにもかかわらず、彼らの応援もあって、努力をして進学しましたね。それは、あなたの乗り越えてきたひとつめの壁だったのかもしれない。

ただ、自宅から通える場所、という制限がなされて、他県や東京の大学を受験することは許されなかった。それは、その時は仕方ないことだったのだと思う。

これから先、もっと勉強したいとか、こんな仕事をしてみたいとか、ほかの土地に住んでみたいと思うときがきっとくると思う。いや、きてほしい。思考する力までも、環境に奪われてはいないでしょう?

社会がそうだからと言って、あなたが同じように行動する必要はない。慣習がなんだ、統計がなんだ、傾向がなんだ。あなたには、あなただけの場所を見つけにいくために、そんなものを自ら越えてゆく勇気をもってほしい。

ほんの小さな面積でしかないかもしれないけれど、確かに自分の足で立てる場所を見つけるために、ずっと考え、行動し続けてほしいのです。

そのために、いつも思い出してもらいたいのは、知識は力になる、情報は武器になる、経験は糧になるということ。

そして、大人は意外と頼りになるのだ、ということ。

それでは、20数年後に会いましょう。
この場所で、待っています。今でも走り続けながら。

 

Corak,M. 2013. Income Inequality, Equality of Opportunity, and Intergenerational Mobility.
いわゆる「グレート・ギャツビー・カーブ」として知られる格差の拡大と固定化を示すグラフ。このグラフによると、米国、英国、フランスなどは社会的流動性(Social mobility)が低く、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマークの北欧主要4か国などは高いとされる。日本も社会的流動性が低いほうに位置づけられている。グレート・ギャツビー・カーブについてもっと詳しく知りたいかたはこちらのグラフ(Wikipedia・英語)も参照してください。 

 

「あとぜき」ってどんな意味? 方言とコミュニケーションの幸福な関係。

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昨夜は、「熊本弁ネイティブの会」の忘年会でした。

熊本弁ネイティブの会とは、おもに首都圏在住の熊本出身者が集うFacebookグループ。

「なんで首都圏で会うと熊本ん出身どうしでん、標準語でしゃべっとだろか? こらつまらん。熊本んもんどうしだけん、おもさん熊本弁ばしゃべろうばい!」

(訳:なぜ首都圏で会うと、熊本出身者どうしでも標準語で話すのでしょうね?  おもしろくないことですね。熊本の者どうしなのですから、思いっきり熊本弁を話しましょうよ!)

ということで2012年から、有志のほんの思いつきで始まったのだそうです。私は発足からほどなくして、出身の先輩に誘われて参加するようになりました。

今年は熊本の震災もあり、この会で数度、首都圏での被災メーカーさんの物販と募金活動をおこない、故郷に少し貢献できた気がします。

この会、会話のみならず、Facebookグループの投稿でも熊本弁が必須。でも、変換がなかなか大変なんですよね…。

そんなネイティブが集っておおいに熊本弁で語り合う会。でも、長年、土地を離れていたりすると、なかなか言葉が出てこない人も多いものです。

興味深い研究結果があります。社会学者のホルムズによると、30歳から55歳までの年齢層の人は、その間、土地固有の言葉の使用頻度が少なくなるのだとか。

この年齢層は社会的活動に参加する機会が多く、社会的責任も大きいため、標準変種(standard variety=標準語に当たる概念)の使用がきわめて多くなる傾向にあるそうです。

その後の年齢層ではまた、ぐぐっと土地固有の言葉を使う頻度が高くなるという結果があるので、社会的活動がどれだけ行動に影響を与えているかわかりますね。

晩年ほど幸福度が高くなる傾向にあるという研究結果もありますので、上記のようなことも関係しているのかもしれません。

とはいえ、近年、急激に進んだ方言離れのいっぽう、最近では若年層が伝統方言に基づいた「新方言」を利用しているといい、人間環境学者の川村陽子氏は、それを「伝統方言の〈やぼったさ〉の中にむしろ個性を主張する機能を見い出しているといえる」と述べています。

「新方言」とは、若い人が今まで標準語になかった語彙を方言から取り入れて使う現象のことで、たとえば「違っていて」を「違くて」と言ったりするのはその例のひとつ(『日本語教育能力検定試験に合格するための社会言語学10』アルクより)。

どのような言葉を使うか、ということは、集団への帰属意識や連帯感、自己アイデンティティなどに関連すると考えられています。

熊本弁をしゃべりながら、私たちは、生まれ育った土地に所属しているという意識を確かにし、現代社会においてとかく薄くなりがちな連帯感を再確認しているのかもしれません。

ところで、記事の冒頭にかかげた写真に書かれている「あとぜき」は、熊本に生まれ、育ち、あるいは住んだことのある人なら誰しも理解できる言葉。

公共の場所や商店の出入り口などに書かれているケースが多く、もちろんしゃべり言葉としても使い、幼稚園児も知っています。

熊本人はこの言葉が熊本でしか通じないということを今でも知らず、私も東京に出てきたときに通じなくてびっくりしました。

本稿の読者のみなさまは、ググらずに、ぜひお近くの熊本人に「どういう意味?」と聞いてコミュニケーションを取ってみてくださることをおすすめします!